昨日の夜はずいぶん冷えたが湯冷めしないうちに布団へ入ったのが良かった。ぬくぬくと秋の静かな夜を過ごし、目が覚める頃には眉間の痛みも消え、ベッドに差し込む日光を清々しいとさえ思えた。伸びをしてから邪魔な前髪を掻き上げて目覚まし時計に手を伸ばすと、チリ、とベルが鳴る。
「……昼か?」
流石に寝過ぎたらしい。今日は久々の休日で、俺もゲーラも予定はなかったはずだ。しかし隣にいるはずの相棒を探しても辺りは物音ひとつせず、出掛けたか、と考えついた。
仕方がねぇ、今日はもう捨てよう。布団をかぶり直し大きく息を吸う。布団の匂い、汗の匂い、シャンプーの匂い。暗幕の中でこもったそれに安心しながら、またうとうとと微睡みのなかに溺れた。
どれくらい寝ていただろうか。足元からの物音で目を覚まし布団を少しだけめくると、クローゼットに向かう相棒がいた。おかえり、と声をかけようとするが彼は俺に全く気付かず、クローゼットの引き戸をがら、と開ける。中にはふたり分の私服がかけてある。向かって右が俺、左がゲーラ。タイミングを逃し、何も考えずにその様子を黙って見守ると、彼は俺の服をがばりと抱きしめて、間抜けな声で小さくただいまァ、と呟いた。
何してるんだ。そう問いかけそうになったのを思い止まる。彼はそのまま猫のように片腕を上げて伸びをしたり、すぅ、と大きく息を吸い込んだり、クローゼットから離れる気配はない。やがてそれに飽きると次に俺が先日買ったロングコートをハンガーごと手に取り、自分の体に当てて何かを測りだす。横に設置してある姿見に自分を写し、角度を変えてはにこにこしている。
三十路近い男があろうことか鏡の前でくるくると、踊るようにして服を選ぶ様はなかなかに見ものだった。そして俺は次の言葉に、驚愕を通り越して唖然とした。
「あーーメイスかっこいいなー」
「は?」
しまった、声が出た。すっと表情を凍らせたゲーラがゆっくりこちらを見る。思わず布団で顔を隠し、しれっと寝たフリをしようと息を潜めたが、じりじりと歩み寄った彼は俺を布団ごと押さえつけてくる。
「……おい、どっから見てた」
低い声が唸る。真っ暗なまま力を込められて息が苦しい。口籠ったままの俺にもう一度、どっから見てた?と彼は問いかける。腕で押し返し、呼吸をするスペースをなんとか確保してようやく返事ができた。
「……服に、ただいまって」
「最初からかよ!」
くそっ、と悪態をつき隣にあったゲーラの枕を壁に投げつける音がする。拘束が解かれてそっと布団から顔を出すと、思った以上に赤面した彼が、心臓を抑えてうずくまっていた。ついからかってやりたくて、のそりとマットレスの上を腹這いになる。
「なぁ、誰がかっこいいって?」
「いやもういいから。なんでもねぇよ」
「なんでもなくねぇだろ、俺の服当てて踊ってたじゃねぇか」
「踊ってはねーわ」
ふぅんと言って床に突っ伏すゲーラの首根っこを掴み上げる。耳まで赤くして、かち合ってしまった視線を無理やり逸らされた。
「なんだよ、言ったらご褒美にキスしてやっから」
ほら、と催促しても何も言わない。試しに額に唇を寄せると、眉を下げたままじとりと俺を見ている。
「……そこじゃないって顔だな」
「なっ」
「あーあ、ゲーラのかっこいい人は誰なのかなー。俺じゃないのか、悲しいなー」
「……思ってもねぇこと言いやがって」
なんだよ、もう答えてるようなもんだな。ぷいとそっぽを向いた彼にもう少しちょっかいをかけてやりたかったが、待ちきれなくて諦めた。
するとゲーラは安心したように、お前に決まってんだろ、とベッドへ乗り上がってきた。
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