瞳に焼かれる

ゲーラが頭、間に部下、一番後ろから俺は追走する。プロメポリスのメインストリートには特に消火設備が多く整えてあり、俺はそれを轢き壊しながら風を切って行く。能ある鷹はすべてを見渡し、こいつらの命を、発散されていく炎と一緒に守って行かなくてはならない。自分用にカスタマイズした細いハンドルを握り、炎上する快感とともに身を引き締めた。

彼は誰時の静寂の中、まだ陽の光の届かないキンと冷たい空気の中で、街路樹の葉の一枚一枚に朝露が滴るのを見る。それを愛でる心はまだある。しかしそれとこれとは別物だ。

エンジン音を高鳴らせては良い子で眠る共和国の心臓部を叩くため、この時ばかりは慈悲も虚も全て忘れた。

「クレイ・フォーサイトだってまだねんねだぜ」

「はは、そうだな、派手にやるぞ」

白む空を見上げて心を鎮める。あの遠くて青い空の向こうにきっと俺たちの仲間がいる。癌のように冷たい場所へ摘出される前に俺たちが見つけなくては。深く息を吸うと自慢の髪が津波のように逆立った。

順調だった、なにもかも。しかし後方から耳障りの悪いサイレンが聞こえると、前方のゲーラが振り返りそれを睨む。

「チッ、今日は早えーな」

「暇なんだろう、遊んでやろうぜ」

盲信ではない。俺たちには俺たちの矜持があるし、それを奪い去る権利はあいつらにはない。それを分からせるために力を駆使する。

奴らのレスキューギアは昔から変わらない。旧式の格好の悪いただの氷噴出機だ。

「くそが、返り討ちにしてやるよ!」

ドリフトでギッとギアの脇腹へ入ると一気にフレアを発散した。ぐるぐると高速で取り囲み何周目かの正面に立った時、ギアの中にいる翡翠色のメガネがキラッと光り、その奥の瞳と目があった。

「メイス!」

ゲーラの叫ぶ声が聞こえる。あの高い声は俺の指針。だからそれが何を表しているかすぐ理解して、とにかく叫んだ。

「ゲーラ!俺はいい、行け!」

その瞬間、街路樹から涙がぱた、とこぼれ落ちて、俺の視界は閉ざされた。

目を開けると息苦しくなっていることに気づいて、呼吸のために生ぬるい口元を開けるとフレアが入り込んできた。ぼんやりとしながら目の前の物が何か考える。頰を包む冷たい手、ぎこちない口元、鼻をすする高い声。

「ゲーラ……」

「メイス!生きてっか!」

見ると彼はタレた目に涙を浮かべて、俺に炎を分け与えていた。頰に当てられた手は少し震えて、ジャケットは袖が破れて、ああ、これ誰が縫うんだろう。とどうでもいいことを考えた。

「悪り、しくじった」

「あの氷野郎お前を撃ったんだ、すぐに俺が追いついたから良かったけど……やめろよあんなこと」

ああそうか、俺あいつに負けたんだ。この炎の力は過信だったしゲーラに守られてしまうほどか弱い。自分の弱さを目の当たりにして、悔しくて戸惑ってしまう。動かない体に力を入れて、せめて自力で傷を癒そうとした。

「やめろって無理だ、足りねぇ」

「ゲーラ、他の奴らは…」

「みんないる、村に帰ってきたから安心しろ」

ならいい。誰も傷ついてないならいい。俺ももう、いいや。

「俺、死のうかな」

「は?何言ってんだよ」

足手纏いだと思った。調子に乗って喧嘩をふっかけた挙句捕まりかけて、命からがら逃げ出して。参謀なんて名ばかりで、俺はバーニッシュのために働けているのだろうかとまるで帳を閉じるように大きな虚無に襲われた。

「……あんな旧式にやられるなんて……こんな弱いままお前らと一緒にいても迷惑なだけだろ。だったらフレア使い果たして死ぬ」

「っ…てめぇふざけんな!」

すると物凄い勢いでゲーラは俺の額を掴んで床に押し付け、指で口をこじ開ける。歯がぶつかるほどに強くフレアを注ぎ込まれて喉を焼く熱さに咽せた。長い長い口付けの後に名残惜しそうに離れていくゲーラの、眉間がとても痛そうで、俺は怖くなった。

「くそ野郎!こんくらいのことでへこたれてんじゃねーぞ!次そんなこと言ったら俺が殺す!俺の手にかかって死ね!」

「あ…………」

息巻いて捲したてるそれは脅しではなかった。本心の、単純な怒りをぶつけられて、ゲーラの瞳孔がグラグラ揺れているのを見てようやく自分が何を言ったか理解した。

「俺と来いよ、メイス。俺に背けるタマなんかねぇだろてめぇ。俺がこのマッドバーニッシュの幹部だ、俺の命令に従え!」

葉の上の露がこぼれるように自然だった。俺の肩を押さえたまま、ゲーラの瞳からあふれる雫が俺の頰を濡らす。過去ふたりで誓ったあの夜のことを、ふたりでバーニッシュを迫害から守るという約束を、なぜこの時まで忘れていたのか。

「これで最後だ。メイス、俺と来い」

「……わかっ、た」

黄昏時の赤い炎が俺の眼を焼く。焦がされた気持ちが膨らんで、生きなければいけないと強く思った。

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