ねぇ、のあとにお名前を呼ぶのはいつものことだった。いつものように茶に誘っていただいて、甘味を食べて微笑ましく話をしている。それが、甘い餡やみたらしを味わう以上に幸せで、ここへ来てよかった、と再認識する。
いぐろさん、と呼べば彼は目を細めて、どうした、と私を呼んでくれる。わかってる。わかってるからこそ、もどかしい。
「甘露寺、皿があいてきたがいかにしようか」
鏑丸くんが私の鼻先をちょんと舐めて、いなす。
「あっ、ええーっと、私……」
しどろもどろとしながら、言うか言うまいか、目が泳ぐ。
「……きみは、私と話す時、いつもそうだな」
えっ、私、なにかお気に触ることをしてしまったかしら。気を落ち着かせようと冷えた湯呑みに手を伸ばす。鏑丸、と伊黒さんの声。
「鏑丸は豆が好きなんだ、食べさせてやってくれ」
言葉と同時に、鏑丸くんが私の頬を喰んだ。
「慌てずとも菓子は逃げん。ゆっくりおあがり」
その瞳は蛇のように鋭く、父のように暖かい。
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