紫色の妖しい炎が俺たちの周りにまとわりついて、息をするたびに火種が生まれる。プロメポリスにだって草木も眠る静かな時間は訪れて、それに乗じて、ほんの一時だけ、俺たちは昔の俺たちに戻る。
バーニッシュじゃなかった頃、まだ俺たちが普通だった頃、彼の赤い瞳が俺を真っ直ぐ見つめて、その色に浮かされて取った手を俺はまだ信じてた。
「っ……あ、はぁ、あっそこ、も……ぅ」
「は、っうメイスきつい……」
「んぁ、っ、は、ばかまだ動……く、ぁ」
誰にも知られないように、取られないように、俺の中のこいつをきゅうきゅうと締め付けて、離れていかないようにつなぎとめるので精一杯だった。
昔は良かった。差別も迫害もなく、財団から逃げ隠れする必要もない。愛してるなら愛してると、照れもせず素直に言えた。
今俺を慰めてるのは、不完全燃焼の欲求不満で、ただ目の前に俺がいたから、だから体を預けてるだけだ。
好きだなんて言えない。こんな、殺伐とした毎日の中に愛を見出してしまってはやがて訪れる死に怯えてしまうから。
そう思うのが楽だった。
ゲーラは俺の上で額に汗を浮かべて目を瞑ってる。張り付いた前髪が可愛くて、綺麗な長い睫毛に胸が高鳴る。
こいつはあの頃から変わらないように思う。無邪気で粗雑で、熱くて柔らかくて。
変わらない愛が欲しかった。まっすぐな彼からの、たったひとつの愛が欲しい。けれどそんなことを望んでいいほど、もう俺たちは若くない。
「……メイス?」
「なに」
「なんで泣いてんの……」
ゲーラは目を見開いて腰を止めた。後少しだったのに、乱れた呼吸は昂りを抑えられずにびくびくと波を打つ。フレアがふっと消えて風に当たると少し肌寒く、公園のベンチでなにをやってるんだか、今更そんなどうでも良いことが頭をよぎる。
「ん、あ、……」
ゲーラが俺から離れると視線の先には満天の星があった。くそ、こんな演出誰が頼んだよ。作り物でも良い、なんだっていいと割り切ったところだったのに、あまりに聡い光景に呆然とした。
「メイスって」
「なんだよ」
「なんで泣いてんだよ、痛かったか?」
「んなことで泣くかよ女じゃあるめーし」
ベンチに仰向けに寝たまま答えると、そうかと言ってゲーラはまた俺に乗り上げる。星明かりの逆光で表情は陰り、だけどあの赤い瞳だけはまだゆらゆらと揺れている。
「メイス、目青いぞ」
「知ってる」
「炎が揺れてる」
「そうかよ」
ゲーラの目にも炎が燻っていた。今にもはちきれそうで、力強い包容力を持った赤だった。
その光に当てられてつい視線を逸らす。するとわざわざ俺の顔の前までやってきて、眉を下げたままやつは言った。
「メイス、俺のこと好き?」
「……は」
なにを言ってるんだこいつ。そんなことどうでもいい、俺が誰を好きだろうと、好きでなかろうと、もうお前には関係ないだろう。
「頼むよ……泣くな」
「な、なに……なんだよ」
ゲーラは何も言わずに俺の上にのしかかり、両肘で肩を固定して俺を捕まえる。赤い光が、ゆっくりと近づいて、また言った。
「お前が泣くと俺も悲しい」
目を細めて、切なそうな声で、俺も悲しいって、どの口が言うんだ。反論したい気持ちは山々だったが喉が詰まって何も言えない。心臓がばくばくして、目の前の相棒のこんな顔は見たことがなくて、俺のせいでお前が悲しむなんて耐えられなくて、だけど嬉しかった。
「……馬鹿か」
「馬鹿だよ、お前のせいでな」
微笑むゲーラの瞳の奥を見て、初めて自分が泣いてることに気づいて、途端にこめかみが痛くなる。
「メイス、好きだよ」
俺も好き、そう素直に言えたら良かった。
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