花火前日譚

日中の最高気温は三十度を超え、自然発火でもするんじゃないかと不安になる。そんなわけないけど。

アスファルトの陽炎を抜けて私はクーラーの効いた本部の冷凍庫を開けた。箱の中に外の空気が入ると渦を巻いて、滞った冷気が顔に吹き付けられて口角が上がる。

その涼を貪っては怒られるので、私は水色の棒アイスをすぐさま取り出した。

咥えながらパトロールの予定表を眺めていると、机の上のフリーペーパーにメイスは釘付けになっていた。髪で隠れて表情は見えないけど姿勢は真剣で、ページを盗み見ると花火大会の特集だった。

「行きたいの?花火大会」

「うえっ!あ、アイナか…」

「何よその言い草ー!」

「ああ悪い、祭りは行きたいかなって」

思ってる。そこだけ小さく呟くから、私は彼の中の、誰と、の部分を理解した。

「せっかくだから浴衣にしたら?この近くでも売ってるでしょ?」

「えーでも俺着付けできねぇし」

「姉さんができるから大丈夫よ」

「エリス・アルデビッ……ト……」

「そこ、気にするな!ゲーラの分も買いに行こ。あいつはなんでもいいでしょ?」

ポカンとするメイスを引き連れて複合ビルに入るとすぐ、前日の滑り込みといったように女性客で沸いていて、メイスは引いたように立ち尽くしている。

「メイス、何色がいいの?取ってきてあげる」

「い、いや悪いよ、また今度に」

「はぁ?花火明日だよ?今日買わないと間に合わないじゃん!」

しまったつい熱くなってしまった。しかし兎にも角にも季節イベントは参加することに意義がある。

そういうことに頓着ない奴が相手だと大変だよね、だから無理にでも連れて行かなくてはと、謎の責任感が私を燃えさせた。

適当に見繕うためにひとりで人垣の中へ入ると、男性物は奥の方にこじんまりとある。

背の高い、色白の、長い黒髪だからかんざしもつけたい。かんざしコーナーは反対側か。

何かお探しですか?と声をかけられて、通路で手持ち無沙汰にしているメイスを指差し、似合いそうなものを見繕ってもらった。あとは一番ポピュラーなもので、と伝えて、二人分の選択は完了だ。

「よし、試着~!はい手ーあげて!」

「あっはい!」

にこにこした店員さんに身を預けてメイスは固まっている。きっと似合うわよ、そう言って笑うと、メイスも少し笑顔を取り戻した。

一着目、白地にめいっぱい、ぎゅうぎゅうになるくらいの沢山の朝顔柄。女性物ですがお似合いかと思って~と店員さん。

女物は流石にとメイスは謙遜するけど私もとてもよく似合ってると思う。

二着目、びろうど色、という深緑系の布地に白い麻の葉模様。伝統柄が入ってるので人気ですよと店員さん。

確かにシックで格好良くまとまっていると思う。

ふと思ったことをそのまま口に出してみた。

「メイスはゲーラになんて言って欲しいの?」

「へっ!?なんであいつなんだよ……」

「いやとぼけなくていいから。褒めてもらいたいでしょせっかく着ていくんだから。可愛いがいいの?格好いいがいいの?どれよ?」

心底困った顔をしてメイスは私を見つめる。店員さんがいようといまいと、こんな時じゃないと言わないだろうから、ちょっとだけ意地悪をして日頃の疑問をぶつけてみたかったのだ。

メイスは目を泳がせて静止し、えぇと、と勿体ぶって言った。

「…………かっ……、がいいかな」

「小さいー!聞こえないー!店員さん聞こえました!?」

うふふと笑って店員さんは首を傾げた。そうですよね!と二対一になり攻め続けるが、とうとうメイスは口を割らなかった。

「悪いなアイナ、付き合ってもらって」

「いいのいいのー!私は明日仕事だから夏っぽいことできないもん、楽しんできてね!」

ありがとうと笑って、メイスは買ったかんざしをじっと眺めている。

一本はアゲハ蝶の羽根をあしらった大ぶりのもの、もう一つはパールがいくつかついた大人っぽいもの。どちらをつけるかは明日姉さんと相談するという。

しかし帰る途中に袋から出してまで見るなんて、相当明日が楽しみなんだろう。

普段のクールな雰囲気とは違って、柔和で、遠くを見ているような瞳。本当にゲーラが好きなんだなぁと、なんだか羨ましくなった。

よかったね、と声をかけると、メイスは素直に頷いた。

本部に帰るとメイスが読んでいたフリーペーパーのページがそのままで、改めて読んでみるとこんな見出しが書いてあった。

『夏こそ!惚れさせコーデ決定版!決戦は花火大会!』

これをあのメイスがあんなに真剣に読んでたのか、そう思うと可愛らしくて笑ってしまうし、どうにも応援せざるを得ない。

さて、明日は姉さんの腕の見せ所だ。

私はメイスの名誉のために、薄い冊子を静かに閉じた。

金平糖

二次創作のかけら

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