プロメポリスでは近年通信販売が流行っている。大手サイトはこぞってキャンペーンを催し、今現在利用者数ナンバーワンを誇るのは顧客満足重視、丁寧親切対応で有名な「フェンネル」だ。
しかしその「フェンネル」のアカウントを作るには審査が必要で、俺たちは当時戸籍がなかったために利用はできなかった。ゲーラは仕方がないのだと言って専らガロのアカウントをハッキングの上利用しているが、それがガロにバレた試しはなかった。
今は戸籍も作られ、職にもついているので審査はきっと通るだろう。にもかかわらず彼は味をしめて、未だにガロのアカウントから数日に一回は何かを買っている。まぁ、必要なものなら別にいいんだが、流石に来月の明細を見ればあのガロ・ティモスだってお怒りだろうな。
「で、今度は何を買ったんだ?」
今ゲーラは昼寝をしている。配達員が持ってきた伝票には「衣類」と書いてあるがサイズがでかい。企業努力として箱のサイズを統一する事で諸経費を抑えていると噂を聞いことがあるが、それにしてもデカすぎるだろ。両腕が回らないくらいの横幅。俺の身長の半分くらいの縦幅。どんだけ服買ったんだよあいつ。
ガロ・ティモス様、と書かれた伝票を破り捨て、ハサミでガムテープの真ん中を裂く。すると寝室から物音を聞きつけたゲーラが、どたどたとやって来た。
「あっ! お前勝手に人の荷物開けんなよ」
「お前は人のことを言えた義理じゃない。なんだ?これ」
「いいからいいからいいから」
箱を奪うように自分に引き寄せ、開きかけた蓋を閉じる。俺に見えないようにそっと中身を確認し、やっぱりダメなやつだ、と改めて言い聞かされた。
そうか。気に入ったものがあれば俺も借りようと思ったのにな。わざとらしく残念そうにしてやると、彼は一瞬だけたじろぐ。
「よ、夜な!夜になったら見てもいいから」
「夜ぅー?なんだよそういうシロモノか」
相変わらず好きだな。ついでにひと煽りしてやるとしまったという顔をする。正解か、と確信したが、本人は違うそうじゃない、と繰り返す。さっさと本当のことを言うのが身のためなのに、彼は目を逸らして気まずそうにしている。
「もういいわ、どうせ俺に使うんだろ?わかったわかった」
「あっ、いや、違う。あー…違わないけど違うんだって!」
どうせ夜にはわかるんだ、だからもういいと言ったのに、ゲーラは勝手に釈明を始めた。最近寒くなったから、たまたま見つけたから、メイスが好きそうだから。言い訳じみた独白を懇々と聞かされて、挙句俺のせいにされてしまいそうになり、さっさと本題に入れと強く出る。
「こ、こちらです……」
観念したゲーラはそっと蓋を開け、それを覗き込む。上から見るとグレーのふわふわした布が入っている。
「で?」
「……ではせめて目を瞑ってください」
はぁ、と大袈裟にため息をついて言うことを聞いてやる。バタバタと騒がしくなったあと、ビニールを裂く音がして彼はその布を取り出し、上から俺に被せた。
「うわっ」
「あー待て待て待て」
最後に帽子をかぶせられたので目を開いたはずなのに暗いままだ。目深にかぶった帽子をくい、と上げると、目の前のゲーラはなぜか満足そうに俺を見ている。
「アニキ、袖です」
「おぅ」
甲斐甲斐しく世話を焼かれて袖を通す。ふわふわとした起毛の布地が、暖かく感じる。しかしそんなに隠す必要があるとは思えず、再度俺は問いただした。
「で? なんなんだ、これは」
「写真撮ってもいいっすか!?」
話を聞けよ。と発する前にカメラを構えたゲーラが瞳を輝かせて俺を見る。このカメラも確かフェンネルで買ったものだ。モデルでもないおじさんを撮影するのに一眼レフなんて、馬子にも衣装とはまったくこのことだろう。呆れて物も言えないでいると、追い討ちをかけるように耳を疑う一言が発せられた。
「……かわいい…」
「はぁ!?」
さっと血の気がひいてその服を脱ごうとするが、身を挺して止められる。うるせぇ、似合ってたってもう二度と着ねぇ。ゲーラに左ストレートを喰らわせて倒れたところを脱ぎ捨てる。
「痛ってぇなてめぇ! そこまですることねぇだろ!」
「そりゃ悪かったな! てめぇが頭おかしいこと言うからだろ!」
「おかしくねぇだろ可愛いもの可愛いっつって何が悪りーんだよ!」
「三十のおっさんが可愛いってどー言うことだよ!頭かち割るぞ!」
「バーニッシュは無闇に人を殺さねぇ!」
「度し難いなこの馬鹿は!」
「いいだろどうせパジャマなんて家の中でしか着ねぇんだから!」
「パジャマになんでフードが必要なんだよ! 大体なんの……サメだ」
ゲーラはハッとした顔で俺を見て、一言言いたげなのを我慢している。
「……しょうがねぇな、…今日だけだ」
結局撮影会は朝まで続いた。
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