バーニングレスキューは、ここ最近ずいぶんと忙しい。夏真っ盛り、各々海水浴場やプールでの事故の対応に追われ、ゲーラとメイスはこの仕事の辛さと大切さを強く感じていた。今日は真夏日、アスファルトからは陽炎がもやつき、制服でいることすら息苦しい。日陰を探して歩きたいがプロメポリスは碁盤の目状の街だ。整列したビルの合間はどこもかんかん照りである。
いつものピザも喉を通らないだろうと嘆く。しかし食事は、体力保持のために摂らないといけない。ふたりは虚な目をゆっくりとあわせて会話をする。
なに食う? なにも食いたくねえ
そうだよなあとメイスが髪をかきあげると、少し目を細めたところに一台のキッチンカーを見つけた。仕方がない、暑いテラス席で熱いピザを食べるより、あのキッチンカーでケバブでも買ってクーラーの効いた本部で食べた方がいいんじゃないか。
メイスがハッとした顔でゲーラの方を向くと、彼も同じことを考えたらしい。同じ顔をして互いの意思が一つになっていることを確認し、にたりと笑う。ふたりは、善は急げと細々とした日陰を選びながら早足で車に近づいていった。
それは薄いピンク色のよくあるキッチンカーだ。日除けは赤と白の幅広のストライプで、中では男性店員が対応をしている。おそらくランチタイムなのだろう。車の前には数人の女性客が列をなしており、メニュー表をめくっている、注文を受け取った実に気前の良さそうな店員は、細い瞳をさらに細めて、なにやらぺたぺたと塗り付けている。
「ケバブじゃねえのかよ」
「んなこと誰も言ってないだろ、アイス? っぽいな」
ショーケースには色とりどりのアイスクリーム、ジェラート、大きめのポップにはソフトクリームもあると書いてある。ゲーラはたまらず目をうろつかせて、どれにしようか悩み始めた。しばらくしてゆっくりと、いちご、と呟き、お前はどうすると言うようにメイスを一瞥する。
「いやいや、アイスは飯にはならねえだろ、違うところ行こうぜ」
「ええー! ここまできてそれかよ! こんなに! 暑いのに!」
文句を言われてもどうしようもない。ふたりは既に、隊長から直々に食生活について苦言を呈されており、逆らうことなど選択肢にない。メイスもアイスを食べたいのを我慢して、ピザ屋へゲーラを引っ張っていった。
「なぁーメイス、帰りにあのキッチンカーまた寄ろうぜ、どうしてもいちご食べてえ」
「夜までやってるかよ、ランチ限定だろきっと」
インフェルノ・ボルケーノ・マルゲリータ・メガマックスは今日も変わらずうまい。しかし差し込む日光、湧き立つ辛み、出来立ての熱さが相まって汗が噴き出す。さらにゲーラがいつもの癖でタバスコを追加してしまい、ふたりは今、大惨事に見舞われている。唇を腫らしながらジンジャーエールを飲み干したゲーラは、ぷは、と大きなため息をついてから言った。
「じゃあこれ食った後で行こうぜ、みんなにお土産……は溶けちまうか。こっそり二人で食べるぞ!」
「はぁー? ゲーラのくせにいいこと言うじゃねえか」
「そうこなくっちゃな!」
食後、親父に挨拶をし、またあのキッチンカーへ向かっていく。既に客足は静まり、並ばなくても買えそうだ。ゲーラは変わらずいちごを、メイスは悩んだ挙句チョコミントを頼むことにした。
公園のベンチは日陰の宝庫だ。チョコミントをひとくち含むとしゃり、と小さな氷が溶け出し肩がぴくりとする。アイスはあれから何度も食べている。氷はもう怖くないはずだ。しかしどうしても体に染み付いた恐怖を払拭するのは難しいらしい。ゲーラの方を見てみると彼はいちごの果肉に気をとられているのか、本当に恐怖症などは出ていないのか、ぱくぱくと食べ進めている。
「おめでたいやつだな、うまいか」
「おお、最高にうめえな! やっぱ来てよかったよ」
休憩が終わるまではまだ時間がある。溶けないようにしかしゆっくりと味わおうとして、ゲーラはあることに気付いた。
「メイス、暑くねえの」
メイスはこの炎天下の中、タートルネックのインナーを着ていたのだ。さらによくみると自分は汗だくなのに彼は首筋がほんの少し汗ばんでいるだけのようにも見える。ともすれば熱中症になってしまったのではないかと心配になってきた。
「ん? いや大丈夫だが、どうした?」
「ならいいけどよ、ちょっとでもおかしかったら言えよ」
せっかくの夏だからよ、と付け足して、ゲーラは途中、コーンにぱくつく。メイスはそれを横目に自らの選んだ氷と戦っていった。
注文したアイスは予想外に大きかった。もったりと乗ったいちご味が筋をなして溶けていく。ゲーラは、あぶねぇあぶねぇとわたわたしながら手元まで流れたものを舐めとっていく。しかしそれも段々間に合わなくなっていき、みるみる嵩を減らしていった。面白おかしくメイスが言う。
「急げ、全部蟻が喰っちまうぞ」
「んなこと言っても! やっべぇ!」
コーンが既にずぶ濡れになり、吸い取っても後から後から垂れてくる。メイスはふと考えた。
「あっ!」
「ほら、ふたりになれば溶ける前に食べ切れるだろ? どうせ誰も見てねぇし」
ゲーラの手に垂れたいちご味を、メイスの赤い舌が這う。ゲーラの喉が鳴るのと同時に上の方へ舐め進み、あむ、と残ったアイスの塊に噛み付いた。なにすんだよ、と顔を赤くするゲーラには目もくれず、髪を整え今度は果肉をかぷりと咥える。
「ん、んまいな」
「ばっ……かか!」
お返しにとゲーラがメイスのチョコミントにかぶりつこうとするが、それはすぐさまかわされてしまう。にたりと笑う相棒の頬に、少しだけいちごのかけらが付いている。
「チョコミントは大人の味だ、お前にはまだ早い」
「てめぇ、言えた口かよ」
ゲーラは、メイスの指に少しだけ垂れたチョコミントを、隙を見て舐めとった。
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