いつかの終末

夢の中で、俺たちは永遠の旅に出る。

道程は長く、道無き道をひたすら走る。マイアミは良くやってくれてる。舗装もされてない赤土の上をマイアミとダラスとで並走し、ほんの少しだけ俺が前に出てメイスを引っ張っていく。

「ゲーラ、どこまで行くんだ」

長い髪を風に瞬かせながら俺に向かい叫ぶ相棒は困惑しながらも楽しそうで、俺はマイアミに立ち乗りして向かい風を一身に受けた。太陽は高く、熱風が頰をなで、風の声を聞く。ハンドルを離して両手を広げると、鳥のようにどこまでも飛んで行けてしまいそうだ。

「ここではないどこか!」

マイアミは良くやってくれてる。俺の好きなターコイズブルーのあの海まで、きっと飛んでいけると思った。

目を覚ますと薄暗い倉庫だった。昨夜、一斗缶の中身を燃やしつつ暖を取り、俺とメイスは一つの毛布にくるまって朝を迎えた。

体を起こすと火はとうに消えていて、がたついた扉から隙間風が入り込む。

「……さむ」

メイスを起こしてもうんと言ったまま動かない。しかし早く行かなくては。次の住処を探して、また村を作らなくては。

フレアをまた一斗缶の中でふかして、それから転がっている紙くずを入れる。なんの倉庫か知らないが火種となるものはたくさんあって、それが狭い箱の中で燃えれば燃えるほど、夢の中の自分との差に虚しくなった。ため息をつきながら自分がかけていた分の毛布をメイスにかぶせて、倉庫の小さな窓からあたりを見渡す。

最近よくあの夢を見る。暑い夏の日にメイスとふたりで走り回り、フレアをあげながら大声で叫ぶ。そこにはフリーズフォースもバーニングレスキューもいない、透き通った空と気のおけない相棒と、まるで理想の世界があった。

頭の片隅にそんなユートピアを描きながら、その隣では今日の命の心配をする。いつまでこんな日々が続くのかはわからない、俺たちがバーニッシュである以上それは永遠かもしれない。漠然とした不安と、恐怖が、重々しい雲となって頭上から雨を降らせていく。

「メイス、いい加減起きろ」

「ん……んー何時?」

「日は昇ってる」

「マジかよ悪い」

がば、と起き上がりメイスは乱れた髪を掻き上げた。まだ寝ぼけているようで足元がふらついて、ばかじゃねえの、と揶揄するとうるせえと言って突進してくる。

ケタケタ笑いながらもとにかくここから出なければと、臨戦態勢を作る。

「窓の外には誰もいなさそうだ」

「わかった」

慎重に外の気配を伺っていると、メイスは心なしか口元が緩んでいたのに気付いて、この緊張感がわからないのかと訝しんだ。

「なに笑ってんの」

「え、あ、悪りぃちょっとな」

「なんだよ言えよ」

「ああ、夢にママが出てきたんだ」

メイスはほくほくと嬉しそうにそう言って、続きを話した。いつものつり目が和らいで、本当に嬉しいって顔をして、しかしだんだんとそれは曇っていった。

「でもやっぱ、何年も前だからな。ところどころ忘れてるんだ、声とか、表情とか」

俺たちが今の暮らしを選んだのはもう十年近く前になる。そうしたくて出てきたわけじゃない。ただあの場にいることができず、家族の幸せを考えるとそうせざるを得なかった。俺もメイスも断腸の思いでこの暮らしを選んだのだ。

「昔はよく泣いてたな。大人になってもう泣かないで良くなったと思ったら気が緩んだらしい。ママがさ、俺に愛してるよって言うんだ。けどその表情はもう半分も思い出せない」

「もう死んだだろ」

「ああ、そうなんだよ、もう思い出すことも新しく覚えることもできねぇのに、ほんと、馬鹿だよ」

自分のことを馬鹿だと言いながらメイスの表情は未だ明るくて、そんなに嬉しかったのかと嫉妬までしてしまう。

「よかったな、おばさん元気だった?」

「おかげさまでな」

「じゃあ行くぞ」

「ああ、相棒」

失った記憶を取り戻すことはできない。どれほど大切であったとしても、会えない寂しさを埋めることもできない。

しかし俺たちにはお互いがいる。

この逃避行が終わったら、俺たちはきっと幸せになれる。

そう信じて、小さな扉を開けた。

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