「あめだ」
「まずい、早く帰りましょう」
買い出しの帰り、通り雨とみられる雲が頭の上にたむろして、荷物が重いと言うのになんて事だとため息をつく。
ボスは気にせず荷物の半分を持ってくださり、村の方はまだ無事だなと、ここでも皆のことを気にかけていた。
「メイス、後ろに乗れ」
「え、いや、俺もダラス出せますし」
「いいから。風邪引くぞ」
ボスは言うなりデトロイトを生成し、シートの後ろに荷物を置く。雨雲の様子を見ながらジャケットのボタンをぷちぷちと外し、俺に渡した。
「これを傘にしてくれ」
「…はぁ」
仕方なくシートの後ろに腰を下ろすがデトロイトの乗り心地は俺には最悪だった。
まずスピードが早過ぎる。風下に向かって走っているはずなのに、だんだんと強くなる雨粒が迷わず自分達へ降り注ぐ。
そして第二に、これは一人乗り用だ。俺の座るスペースはあるようで無く、荷物を背負い、ジャケットを被ってなお体を固定するのは至難の技だった。
ボス、フロントガラス付けた方が早い気がします。
ボスに雨がかからないように身を挺してジャケットを差し出すが、猫の額ほどしか守れていない。
二人とも体のほとんどが雨に濡れ、俺のシャツは変色して気持ちが悪い。
ボスはと言うと、顔に雨がかかっていることなど気にする様子もなく、前髪を靡かせて前傾姿勢でさらに速度を上げていく。
振り落とされはしないかと身震いしていると、急にボスがふ、と笑った。
「どうかしましたか」
「メイスは大きいな、僕が全部隠れてしまう」
気付くと雨雲が晴れていた。濡れた車体に日光が反射し、白いラインがますます輝いている。
眼前の太陽は俺たちを容赦無く照らす。しかしボスの体は俺が広げるジャケットで守られて、小さな陰を作っている。
ぐん、と真上を向いた彼は、逆さのまま無垢な笑顔を向けてきた。
少年のように、なんの混じり気もない真っ直ぐな瞳。それが楽しそうに笑うから、つい釣られて笑ってしまう。
「そりゃあ、大人ですからね」
「そうか、いいな、大人は」
何を言うんだこの人は。
ボスはまだ俺から目を逸らさず、楽しげに切なげに、遠くの何かに語りかける。
「大人は自分の力でなんでもできる。僕にはまだまだだ」
「ボス、前見てください」
「僕には力があると思いたい。お前たち大人に負けないくらい、お前たちを幸せにしたいんだ」
「ボス、前」
「ぼくは今、それが出来ているか」
仰向けで俺を見つめていた瞳が、そのまま空を見ている。菫色の潤いが雨と共に雫を垂らすのを、見てしまった。
次の瞬間、ボスは一気に前に向き直り、重心低くハンドルを握り直す。音を上げてマフラーがフレアを噴出すると、鉄砲玉のように赤土の上を駆け抜けた。
「もう少しだ。しっかり掴まっててくれよ、メイス」
この人はまだ分かっちゃいない。貴方の自由で真っ直ぐな意志に、生きる意味をようやく見いだせた、俺たち不成者のことを。
わかって欲しい。理解して欲しい。しかしそれに追いつくには、貴方は遠すぎる。
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