夜は短し

どちらからともなく同じ時に同じことを考えて、風に誘われるようにダラスに乗るとあいつもマイアミに乗っている。

だからこの、ツーリングなんていう気休めをつい大切な時間のように扱ってしまって、口には出さないがあいつも同じ考えだと信じている。

俺は髪を高く結うと首筋から湿度が逃げていく。飽和した熱い風が憂いを洗い流してくれるのを待ち、そうして上を見上げると少しだけ目が覚めた気がして他人事のように周りの景色を楽しめるようになるんだ。

山中、舗装された斜面を走っていると道路は下り坂に差し掛かり、前を走るゲーラは車線を無視して遊んでいる。

暗闇で蛇行する四輪は轍に火花を散らしながら自由に笑い、進路を塞がれた俺が手中に練り出した火の玉をそのバギーに投げつけると、赤い尻尾に俺の青色が吸い込まれて消えた。

「おいバカ、まっすぐ走れ」

「えー?聞こえねぇぞ!」

「事故っても助けねぇぞ!」

「冷たいこと言うなよー!」

聞こえてんじゃねーか、舌打ちをしながら斜面と逆の方を見るとガードレールの向こうに海が見えた。波のまにまに月の光が反射して、魚の鱗のようにちらついている。

今夜の月はでかいな、そう思って前を見直すとゲーラがこっちへ余所見をしている。

「メイス、あれ燃えてねぇ?」

「バーニッシュか?」

「よし、行くぞ!」

浅瀬の方に仄青く光るものを見てゲーラは反応したらしい。しかし覚醒したばかりのバーニッシュの炎とは少し雰囲気が違うようにも思えた。野生の勘を馬鹿にしてはいけないが、俺は斑模様に水へ浮いて、深く透き通った青に少しだけ違和感を感じていた。

ゲーラは重々しく転がるエンジンを最大値まで大きくして坂道を下っていく。その後を追うように俺もスピードを上げると、さっきまでの生温い風がふと冷気を孕み茹だった頭をかすめていく。

あれが本当にバーニッシュであるなら相当強い炎だ、あんなに目立ってはフリーズフォースに嗅ぎつけられているかもしれない。焦燥を頭で理解する頃は既に俺たちは砂浜に辿り着いていて、ゲーラはマイアミをしまい波打ち際へ走る。

「おい!水の中か?」

「ゲーラ、照らせ」

「おうよ!」

願掛けのように掌同士をパンと叩きつけ、みるみる頭上に赤い火の玉が出来上がる。水平線まで容易に見渡すことができたが人影らしいものはない。月の鱗と炎の揺らめきが遠くの方で混じり合い、黒が何層にも折り重なって深い虚を思わせる。

浜辺全体を見回したがやはり炎の気配は感じられなかった。

「ゲーラ、本当にいたのかよ?」

「見間違いか…」

「そうみたいだな、なんにもいねぇ」

おかしいな、とゲーラが炎をしまうと、瞳が暗闇に慣れる前に山から見た青色が一斉に光を放った。

まばゆいそれは虹彩をすぐさま広がらせて冷たそうな青色で視界をいっぱいにする。さっきよりも広く遠く、鱗の揺らめきの向こうまでその青は続いて、息を飲むほどの神秘が目の前に広がっていた。

宝石のよう、月光のよう、そのどれもが当てはまりどれも言葉が足りず、そんな非現実な光が、ぼうっと一面に広がっていく。

何が起きたか分からないまま、熱い憂いの中に冷たい風が水面を滑り潮風になって俺の頰を撫ぜる。俺は靡いた髪に気を取られながらゲーラの方を向いた。

それは本当に無意識で、自分が考えている事をこいつも考えているような気がして、同意を得ようと振り向いたんだと思う。

しかしゲーラはただ水平線を見つめている。

ビロードのカーテンのようにうねるそれを、ただ静かに見つめている。

さざ波に乗り沖へ沖へと発光の連鎖は続く。炎は消えたのにとても明るくて、相棒の横顔ははっきりと見え、話しかけることも出来たのにゲーラのだんまりに倣うことに落ち着いた。

驚いたような、神妙そうでもある面持ちにその真意が読めなくて一歩、近付いて、並んで立った。

「よかった、誰もいねぇ」

「ああ」

気が済んだような顔をして笑うと、ゲーラはすぐさまマイアミを取り出した。愛車に跨ると振り返って、俺に笑いかける。

「なぁ、乗れよ」

「どういう風の吹き回しだ」

「別に?」

安心したからさ、と言ってゲーラは俺の腕を取った。

そう、俺もこうしたかったんだ。腰に腕を回す力を強めながら、のぼせそうな顔を冷たい風で覚ました。

金平糖

二次創作のかけら

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