雨季になるととてもじゃないが一日起きていることができない。朝から倦怠感が引かず食欲も失せ、生ぬるい風に当たりながら俺は戸棚に突っ伏して仮眠を取っていた。まだ木の匂いが残っていて、湿っぽいそれはなんの刺激もない布団の上よりはましな心地がした。
「よ、まだ寝てんの?」
「おん」
風邪ひくぞ、とゲーラは散らかった布切れを俺の背にかけるが慰めにもならない。何かと思えば暇なんだと言う。
「お前は元気だな」
「俺は天気関係ねーから」
揶揄も僻みも皮肉も効かない陽だまりのような笑顔で目の前に座る相棒に、今ばかりは殺意を抱かずにいられない。言い返す力もなく俺はまた俯いた。
「あたま?腹?」
「ぜんぶ」
「やべぇ匙の投げようだな」
「腹減った……」
頭が痛い、食欲がない、気怠い、体調不全の三銃士みたいなコンボを決めて俺は本当に参っていた。せめて一日だけでも晴れてくれれば陽の光を浴びて体力を取り戻すというのに。
「火でねぇの?」
「出るけど……」
「出せば」
「そういうこっちゃねぇんだよなー」
「あげようか?」
「棚が燃えるからやめてくれ……」
あ、そう。と気軽に言ってゲーラはどこかへ行ってしまった。ため息をついて試しにほんの少し燃やしてみる。
手のひらにフレアを出してころころと転がす。すると冷え切った体がほんの少し熱くなり、青い炎は子供のように笑い出す。
「何がおかしいんだよ」
自分のものであって自分のものじゃない、しかしこいつはやはり俺に元気をくれるらしい。
むしゃくしゃして握りつぶした指の隙間から炎は少しはみ出て消えた。結局あれだ、虚しいだけの自己満足だったようで、寝るのもとうとう飽きてしまった。
階下からゲーラの足音が聞こえる。パントマイムのように小さなマグカップを持ってそろそろとこちらへ歩いてくる様は滑稽で、ことんと置かれたそれからは柔らかな匂いが湯気に乗って香った。
「ただいま」
「……あぁ」
「どーよ、すげーだろ」
「トマトだ。誰が作ったんだよ」
「だからおーれ!俺!これくらい出来るんだって。とっとと食って元気出せよ」
自慢げに薄い胸を張りゲーラは大声を出す。それをやめて欲しいってのにこいつはやはり気付かない。でも優しさとは誰からもらったかなんて関係ないらしく、温かいマグを両手で包むと痛いくらいの熱が通ってきて、それだけで生きてるなと感じた。目を瞑ってその熱を黙って感じていると、ゲーラは小さな声で言った。
「なんだよ、そんなに嬉しいの?」
「は?」
目を開けるとゲーラは俺の頰に口付けてきた。しょっぱ。そう言うとペロリと自分の唇を舐めて笑っている。頬杖をついて俺を見つめる垂れた瞳が、愛なんだと教えてくれた。
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