メイス君のお仕事

第一印象は猫のようだった。

ルドルフと名乗るその男は、掴み所のない飄々とした笑みを浮かべて物腰柔らかく現れた。レザーパンツのポケットに親指だけ突っ込んだまま、「なんでもやれます」と豪語し若い衆を笑わせる。おいおい、俺たちの仕事を舐めてもらっちゃ困る。片盲のガキに仕事を任せるほど俺たちは腐っちゃいねぇし、東洋人は元からソリが合わねえ。蒸かした煙草の煙に目をしぱしぱさせながら、それでも彼は食い下がった。

「俺は東洋人じゃねぇしガキでもねぇ。金が必要なんだ」

頼む。とあざとく懇願する三白眼を見下ろす。他人の懐に入り込むのは上手いらしい。眉を下げ、長い黒髪が首を傾げるたびに揺れて、これは高く売れそうだな、とぼうっと考えながら気付けば俺は首を縦に振っていた。

初日は子供の誘拐だった。適当に見繕った富裕層の子を選ばせ、下調べをする。見目麗しい彼の甘言に標的はすぐに心を許し、計画では数日かかるだろうと思われた取引がものの半日で落着してしまった。無事身代金を抱えて晴々とした顔で帰ってきた彼のあまりの鮮やかさに仲間内にはいろんな感情が生まれたが、俺はそのルドルフの手練がすっかり気に入り、側近と同等に扱うようになった。

次に彼に与えたのは殺しの仕事だった。側近はまだ早いと反論したが、ヘマをしたってお前がフォローできるだろ、と一蹴した。それは十何年も連れ添った側近への信頼でもあり、それを理解した彼はなにも言わなかった。ルドルフは大抜擢に狼狽ながらも、報酬額を聞くや否や飛び跳ねて喜び「ボス、俺頑張ります」と目を輝かせる。純心で野心もある、虎視眈眈と上を目指す彼はこの世界に向いている。死臭を穢れだとさえ思わなければ、きっと強い人間になるだろう。

ルドルフの獲物は、表向きにはしがない実業家だったが業界では名の通った詐欺師であった。元からいけすかない野郎だったがとうとう同業への御法度を犯し、治安維持という名の見せしめにされる。出る杭は打たれるのがこの世界の掟だ。

銃殺にすることは決まっていた。この日標的は、会社の忘年会と銘打った薬の取引に来ているはずで、ビルから出てきたところをこのライフルで一発。簡単に終わるはずだ。

しかしルドルフは不安げに眉を下げ、ライフルと俺を交互に見る。サイレンサーを白い指でつつ、と撫で、顎に手をやって考え事をし、珍しげに音を立てながら持ち上げてはふぅんと頷く。

「…ライフルかぁ」

「なんだ、いつも自信満々なのに珍しいな」

「この手の銃は昔一度だけしか触ったことがなくて。暗いところは慣れてるんスけど」

「ヘェ、夜の蝶かい?」

我ながらきな臭い口説き方をするものだと自分を笑ったが、彼は一瞬きょとんとしてから、まぁね、とほくそ笑んだ。

丑三つ時が稼ぎ時。街のネオンは煌々と光り、この世に生きているという感覚は昼間よりも強く感じられる。向かいのビルの屋上に待機した俺とルドルフは、設備の最終チェックと、無線から聞こえる標的の動向を黙って聞いている。するとルドルフが遠慮がちに声をかけてきた。

「ボス、あの…。こんな時にいうのなんなんスけど……」

「どうした急に」

ルドルフは一瞬迷ったように目を泳がせ、無線にまた耳を傾けながら、ポツリと言う。

「今日の報酬、倍くらいになると嬉しいなぁって」

「入用か?」

「はい、その……ママが」

「はぁー? ママンレーヌがどうしたって?」

「ちょっと病気してるんです。手術が必要なんですけど普通の稼ぎじゃどうしても…」

「んで、殺しの仕事に手を出したってか?」

「あ、でも俺入ったばっかだし、そんなわがまま言えませんよね、すみません忘れてください」

床に体育座りをしたままの彼は努めて明るい調子で俺の答えを遮った。彼は否定するが東洋人は見た目が若い。下手をすれば少年のような風貌でママを思っての所業だなんて、健気なものだとため息が出る。

考えてやってもいいぞ、そう言いかけた時、無線から耳をつく雑音と金切り声が聞こえた。

『メーデー! メーデー! 裏口を塞がれた! 侵入者は複数で屋上に向かってますボス! 赤い髪の…うっぐぁ!!』

「おい! どうした! 返事をしろ!」

応答はない。無機質な砂嵐が飛び交い、予兆なくぷつんと切れた。すっと背筋に緊張が走る。なにが起きた、計画に穴はなかったはずだ。下階には粒揃いの格闘タイプが警備と称して四方を囲っているし、この計画の詳細を知るのは俺と、二人の側近と、ルドルフだけ。

兄弟の契りを交わした側近と、ルドルフだけ。

ひたり、と硬いものが後頭部に当たる。それが銃口である事は己の経験から嫌でも理解できた。

その先にあるのはきっと、白魚のような可憐な指先。

「両手を上げろ、手間を取らすな」

その声は低く、重々しい。こんな声が出せるのか。ついそう思ってしまうほど、見知った彼とは正反対の性格をしていた。

「ルドルフ…貴様は……」

「ルドルフ? あぁ、はは、俺のことか。俺には名前がいっぱいあってなァ」

くすくすと落ち着き払った笑い声。非常階段をカンカンと駆け上がる足音がけたたましい。仲間か。こんな所で死ぬわけにもいかず言われるままに掌を頭の上へあげる。ゆっくりと振り返り睨みつけると、さっきまでの優しい下がり眉が微笑みを讃えてこちらを見ている。彼はのろりと俺の前に立ち塞がり、右肩に担いだライフルを下ろした。

「……なんだ、慈悲か?」

「いいや? 自分のライフルで死にたかねぇだろうと思ってさ」

優しい瞳が突如、ギリ、と睨みを利かせる。蛇のように鋭い瞳孔が俺を捕らえると、ギクッと肩が上がり息をするのもままならない。喉から心臓が飛び出てしまいそうで、一ミリも動けない。

ルドルフは目蓋を弓形にたわませ、鋭利な犬歯が星明かりに光る。クライマックスだと、心底楽しいと言わんばかりに口角が上がっている。

「約束どおり、倍の報酬頂いてくぜ」

彼は左手を流麗に差し出す。それがチリチリと青く光りだすと、周りの空気も熱され汗が滴る。鉄火のような息をごくりと飲み込む。見守ったその左手の中では青白い火球が鍛錬され、見る間に美しいハンドガンへと変形する。

褒美をもらった子供のようなあどけない表情。青い瞳の奥に燃えたぎる炎を見た。

「お前っ……バ…」

「俺はメイス。地獄へ堕ちな」

0コメント

  • 1000 / 1000