さめフード プロメポリスでは近年通信販売が流行っている。大手サイトはこぞってキャンペーンを催し、今現在利用者数ナンバーワンを誇るのは顧客満足重視、丁寧親切対応で有名な「フェンネル」だ。 しかしその「フェンネル」のアカウントを作るには審査が必要で、俺たちは当時戸籍がなかったために利用はできなかった。ゲーラは仕方がないのだと言って専らガロのアカウントをハッキングの上利用しているが、それがガロにバレた試しはなかった。 今は戸籍も作られ、職にもついているので審査はきっと通るだろう。にもかかわらず彼は味をしめて、未だにガロのアカウントから数日に一回は何かを買っている。まぁ、必要なものなら別にいいんだが、流石に来月の明細を見ればあのガロ・ティモスだってお...26Nov2020ゲラメイ
レイリーブルー(7)七、月で射る矢 その夜俺は熱を出したらしい。 朝は体の浮遊感に始まりはっきりとしない部屋の輪郭をしばらくぼうっと眺めていた。胸元はぽっかりと寒くて、頭は熱い。朦朧とする意識を必死で起こしながら、こんなにも揺さぶられてしまう自分の体が情けなかった。「あららーどうしたの。高いわよー。メイス君来て興奮したんでしょー」「んだよそれ……意味わかんね」 寝込んだままの俺のベッドの脇で母が体温計を振り冷ましながら、ウサギに仕立てたリンゴを差し出す。関節の痛む上半身をのそりと起こすと、こもった熱が流されてぶるりと震えた。フォークごとリンゴを受け取り下から滴る塩水を吸う。「子供じゃねーんだから」「あんたじゃなくてアリエスがそうしろって言うの。そう言え...19Nov2020ゲラメイ
レイリーブルー(6)六、ハッピーバースデー 最寄駅は無人。たったひとつの自動改札。使い慣れた場所に遠くから知り合いが来るのは初めてで、ましてそれがメイスだというから浮き足立つ。都会っ子の彼の目にどう映るのか、それが問題だ。 昨日あの後、メイスから会わないかと連絡があり、妹のことを話すと参加したいと言い出した。幼稚園児の誕生日会が楽しいとは思えないが母も妹も快諾したので、物好きな彼を駅へ迎えに行くことになった。 駅前のベンチに座りのどかな風景を見る。小石ばかりの砂利道や、よくある名前の知らない雑草も、きっとメイスには珍しい光景だろう。 後五分ほどで彼の乗る電車が到着する。浅く腰掛けていると数人のクラスメイトが自転車でこちらへやって来るのが見え、気付かれる...19Nov2020ゲラメイ
レイリーブルー(5)五、あおいりんご それからあっという間に時は流れて、メイスのライブの日はやってきた。 初夏の風は生ぬるく頰を舐めつけ、アスファルトからの照り返しで全身が熱い。まだ六月だからとジャケットなんか着てくるんじゃなかった。張り付く襟元を煽ぎながら早足で改札を出る。街路樹の囁きが遠くに聞こえ、ざわざわと語りかけるような、けど何も聞こえないような、メイスと初めて会った時のひとりの時間をそこに感じた。 二回目の街にメイスはもう来ていた。以前と同じ黒いギターケースとヘッドフォン。遠くにいてもすぐわかるシルエットは俺をすぐに見つけ出し、振られた左手の薬指に光るものを見て、ぴたりと足が止まった。「よぉ、ゲーラ」「おはよー、悪りぃ俺、指輪忘れちゃった……...19Nov2020ゲラメイ
レイリーブルー(4)四、眠らない竜 夢の中にはメイスが出て来た。 ピンク色のタンクトップ。長い髪を風に預け、隣でバイクを乗り回す。 ところどころにラインが入った、俺はバギー型、メイスはオフロード型の黒い車体。やけに体に馴染むそれで、狭い山道を額が丸出しになるのも厭わずに颯爽と駆け登る。 山々はあおく、降り注ぐ木漏れ日を浴びながらぐんぐん上昇すると、カーブの向こうから朝日が射すのが見える。眩しくて思わず目を細めると、ふわ、と気が遠くなった。 隣で同じように全身で風を受け、同じように細められた聡明な瞳。自然と視線がぶつかりあい、普段は髪に隠れている右目を見る。そこで初めて、それが対の目よりももっと色濃いことに気づいた。 深い青色は俺を射るように見つめ、それ...19Nov2020ゲラメイ
レイリーブルー(3)三、五十二ヘルツの鯨 ライブ終わりに合流した俺たちは、打ち上げには参加せず駅に向かって歩いていた。 体の芯がホクホクしたままの軽い足取りで、煌びやかなネオン街を進んでいく。慣れない都会の夜に、すれ違う人波を懸命に避けながら、はぐれまいと身を寄せて歩く。ピンクや黄色の派手な明かりが眠たい目に少し痛い。グラデーションの装飾、妖しく光る店名、それらがテンポの速いリズムで点滅する。何処もかしこもちぐはぐで、むしろそれが独特のメロディを刻んでいた。「ライブ楽しかったなー、すげぇかっこよかった」「めっっちゃ緊張したわ……!」「そうか? 全然見えなかったけど」「知り合いが来ることってあまりないからさ、お前のせいだぞ」「まじかよー意味わかんねえ」 ...19Nov2020ゲラメイ
レイリーブルー(2)二、漁火と水魚の交わり「……メイス!」「ああ、ゲーラ」 夢の中でずっと描き、ずっと待っていた大切なもの。目の前の彼はまさしくそうで、そこに存在した引力は確かに彼の元へ俺を運んだ。 写真よりも少し髪が伸びたようだが、満天の星色をしたビロードのような質感は変わらない。中性的で涼しげな鼻梁は俺の想像とは全く違って、服装の雰囲気も相まって都会的な印象を受けた。彼が言葉を発するたび、その低音が体の奥まで染み渡り心が躍る。声がうわずりそうになるのを押し殺しながらちいさな碧眼を見ると、彼も穏やかに笑いかける。「メイスだろ、すぐわかった」「よくわかったな、なにも言わなかったのに」「俺、ずっと前からメイスって名前知ってたんだ。だからわかったのかも」 ...19Nov2020ゲラメイ
レイリーブルー(1)一、プレリュードは切なく 運命って信じる? クラスメイトの女の子が俺に向かって愉しげに言う。 これは俺の机なんだけど。 椅子ごと振り返ってわざわざ頬杖をつき、なめらかにおろされた翡翠色の髪を、あいた指先でくるくるともてあそびながら試すような目をして首を傾げる。彼女の瞳に映る自分は表情もなく、その形のない不安定な問いに思考を巡らす。 さぁ、俺は別に。さして仲良くもないクラスメイトに特別な感情を抱くこともない。知らない。この人じゃ無い。それだけは最初からわかってた。 俺の中に昔からあるちいさな空想の扉。心の中の、すぐ手の届く所にあるそれに、そっと手をかける。 運命か。もしもそういうものがあるならこの扉の向こうにひとつある。 これが何を表...19Nov2020ゲラメイ